2020年に読んだ本
覚えている範囲で読んだ本・読みかけた本・Audibleで聴いた本をリストアップしてみる。忘れてしまうから、11月以降はできるだけ読み終わったときに記録する。
凡例:▶通読した本 / ▷通読してない本
▶『』(),
▶蔵本由紀『新しい自然学 非線形科学の可能性』(2003),岩波書店
-大学院で非線形科学を勉強することになったので、その縁で読んでみようと思った本。目次を見て期待したほど非線形科学の内容的な話は出てこなかった。第3章の哲学と絡めた部分は流し読みのような感じになった。-問題意識や目指したい方向性はかなり共感する部分があり、ここの言葉を借りれば、僕の関心は人間や社会を新しい自然学の枠組みで捉えることになるのだろう。科学的言明は価値判断を伴わないが、それが他者に受容される段階で価値付けを伴うことになる(うろ覚え)、という点は意識的に気を付けたいと思った。
-『社会学史』の次に読んだせいで、若干物足りない感じがしてしまった。笑
▶大澤真幸『社会学史』(2013),講談社現代新書
-600ページ以上ある、かなり分厚い新書。ブックオフで偶然見かけて、買った。社会学というと実践的というか実学的というか、そういうイメージを持っていたが、社会思想史みたいな雰囲気だったように思った。理論的な部分に焦点を当てているので僕にはとても面白かった。当然1回では消化しきれないので、定期的に読み返したい。▶出口剛司『大学4年間の社会学が10時間でざっと学べる』(2019),KADOKAWA
-社会学を勉強してみようと思って、読みやすそうなので入門用にブックオフで見かけて買った。見開きの左が文、右が図だったので実質半分しか内容がなく、たぶん一般の人の入門向けには良いのだろうけど、僕のニーズに対しては軽すぎた。3-4時間で読み終わった。
▶茂木健一郎『クオリアと人工意識』(2020),講談社現代新書
-AI、人工知能って結局どういうことなの、みたいな話をする場面がありそうだったので、予習のための本を探していたときに出会った。内容がハード過ぎて、人工知能について(一般の人と)話す助けにはならなそう、というのが正直な感想ではあった。批判したいわけではないが、文体がやさしいだけで専門用語は頻出して、本屋で偶然見かけた人の何割が読み切れるんだろう、とは思った。振り切ってハードな本にした方がかえって楽しかったかも。
-僕にとってはかなり面白かったし、考える種をたくさんもらった。身体性に注目しているあたり、結構好きだった。
▶Thomas Schelling(著),村井章子(訳)『ミクロ動機とマクロ行動』(2016),勁草書房
-卒論に向けてSchellingの研究(内容というよりは思想)を知っておく必要がありそうだったので読んだ。正直、いまの基準での科学的な検証がされているのかはよくわからなかった(身近な人を集めて"実験"した、みたいなのがちょこちょこあったような)。まあでも面白かったと思うが、記憶が薄れてきた...。-ちなみにFocal Pointの話は、(たしか)90年代とか2000年代の論文に「誰も実験的な検証をしてきていないのでやってみた」みたいなものがあった。全体的に、直感的にみんなが受け入れられることを体系的に説明した点が偉いし、だからこそSchellingの言っていることを検証するような研究は少ないのかも、と感じた。これはすべて僕の邪推です。
-卒論に向けてSchellingの研究(内容というよりは思想)を知っておく必要がありそうだったので読んだ。正直、いまの基準での科学的な検証がされているのかはよくわからなかった(身近な人を集めて"実験"した、みたいなのがちょこちょこあったような)。まあでも面白かったと思うが、記憶が薄れてきた...。
-ちなみにFocal Pointの話は、(たしか)90年代とか2000年代の論文に「誰も実験的な検証をしてきていないのでやってみた」みたいなものがあった。全体的に、直感的にみんなが受け入れられることを体系的に説明した点が偉いし、だからこそSchellingの言っていることを検証するような研究は少ないのかも、と感じた。これはすべて僕の邪推です。
▶Philip K. Dick(著),浅倉久志(訳)『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』(1977),ハヤカワ文庫SF
-ずっと小説を読んでないなあと思い、かなり前に買って放置していたこの本を読んでみた。やはり普段読むノンフィクションのものよりも小説の方が引き込まれて、続きが気になって結果的に早く読み終わった。映画のブレードランナーはたぶん見たことがあるけど、なんかゾクゾクして好きになれなくて、小説でも似たような印象だった。でも解説を読んだら色々なことが腑に落ちたり、筆者が仕込んだ問いに気づかされたりして、少し印象が変わった。
-ずっと小説を読んでないなあと思い、かなり前に買って放置していたこの本を読んでみた。やはり普段読むノンフィクションのものよりも小説の方が引き込まれて、続きが気になって結果的に早く読み終わった。映画のブレードランナーはたぶん見たことがあるけど、なんかゾクゾクして好きになれなくて、小説でも似たような印象だった。でも解説を読んだら色々なことが腑に落ちたり、筆者が仕込んだ問いに気づかされたりして、少し印象が変わった。
▶Yuval Noah Harari『Sapiens: A Brief History of Humankind』(2017),HarperAudio
-Audible版を聴いた。Homo Deusが好きだったので、前作も読んで(聴いて)みようという発想。農業革命を経てヒトは農作物や家畜に合わせたライフスタイルを余儀なくすることになり、(見方によっては)人間の活動の自由度が下がった、みたいな話が自分的には好きだった。と、ここまで書いて、別の記事に感想を書いたことを思い出した。
-Audible版を聴いた。Homo Deusが好きだったので、前作も読んで(聴いて)みようという発想。農業革命を経てヒトは農作物や家畜に合わせたライフスタイルを余儀なくすることになり、(見方によっては)人間の活動の自由度が下がった、みたいな話が自分的には好きだった。と、ここまで書いて、別の記事に感想を書いたことを思い出した。
▷Antonio Damasio『The Strange Order of Things』(2018),Vintage
-友人が誘ってくれた読書会の本だったので途中まで読んだが、読書会が自然消滅してしまい途中で終わっている。英語版のペーパーバックとAudible版を併用していた。-読書会と無関係に読み切ればよいのだが、偶然オムニバス講義で意識の研究者の話を聞いたときに、ダマシオが本で述べているような意識観が意識研究コミュニティの見立てとは相容れないことを知り、かつ(さすがに)研究者たちの考え方の方が筋が通っているように思えてしまい、興味がなくなってしまった。ちなみに、茂木健一郎の『クオリアと人工意識』を通してこの違和感はより強まった。相容れないポイントは意識の生成に身体が必要か、という部分で、夢の中でも意識を経験できる以上、(意識を経験する前提として身体を介した体験が必要な可能性はあっても)意識の生成自体に身体は必要ない、というのが研究者たちの見方らしい。これに対してダマシオは(たぶん)意識を考える上での身体の重要性を語っている。最後まで読んでないからわからんけど。