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ドイツ(語圏)での食事:お店の探し方(2)

食事をする場所・食料を調達する場所の自分なりの探し方 Part 2。お店の探し方以外の情報が8割かもしれない。

パン屋

検索ワード:Bäckerei (Bakery)

朝食・おやつなどの調達にも便利だし、多くの店にはイートインスペースがあるので朝ごはんをパン屋で食べることも多い。

Potsdam中央駅のKamps。どこにでもあるパン屋チェーン。ドイツの外にもあったような気がする。他にもよくみるチェーンはBackWerk, Ditsch(ミニピザみたいなものが多い?), Le Crobag(フランス系), Wiener Feinbäckerei(値段高め)あたりだろうか。

数は少ないがZeit für Brotというおしゃれな新しめのパン屋もあったり、地域ごとのチェーンもある。

ちなみに駅のパン屋は、電車で飲むコーヒーを買うのにも便利。カフェのコーヒーをテイクアウトするよりはBackWerkでコーヒーを買う方が安かったりする。パン屋でコーヒーだけ頼んでも問題ないと思う。

こういう路面のパン屋もある。


ケーキ・スイーツ

検索ワード:Konditorei (英語には対応するものがなさそう)

カフェ・喫茶店に近いのだが、ケーキ・スイーツを置いている。朝からやっている店もあり、軽食を食べられる場所も多い。朝ごはんの場所を探すときと、甘いものを食べたいときに検索してみる。

もちろんパン屋でもケーキを置いていたりするので、境界は曖昧。


デュッセルドルフのHeinemann。シャンパントリュフが有名なお菓子屋さんだが、カフェも併設されている。激推し。雰囲気がよくて美味しくて、それなのに値段もリーズナブル。ベルリンにも欲しい。


これはBonnのお店。普通の(贅沢めな)朝ごはんを頼むこともできる。

ケーキはテーブルで注文することもあるし、ショーケースのところで頼んで席に持ってきてもらう形もある。店内で食べる場合はフルサービスのことが多い。

店内で食べたいときは、まず店員さんに中で食べたいと伝えて指示に従うのが吉。並んでいるのはテイクアウトの人ばかり、ということもある。ケーキを食べたい、と言えばショーケースを見て来いとか決めたら教えてとか言われるので、言われた通りにすればよい。


カフェ(フルサービス)

検索ワード:Cafe (Cafe)

食事にもカフェは便利。この場合の「カフェ」は日本でいうしっかりめの喫茶店に近い。喫茶店とレストランの間くらい?

使い方はBrauhausなどのレストランと同じ。ビールも飲める。

PotsdamのCafe Heider。


ケルンのCafe Reicherd。ここはケーキを食べる場所というイメージの方が強いかもしれない。有名店。



ミュンヘンのCafe Rischard(Reicherdと紛らわしい!)。ここも有名そうだった。Brauhausではビールに合う系ドイツ料理を食べられるが、カフェも店を選べばその地域らしいメニューを食べられることが多く、旅行中には楽しい。写真はKaiserschmarrnという料理で、南側のメニューなのでBerlinのあたりではあまり食べられない。


スーパー

検索ワード:Supermarkt (Supermarket)

日々の買い物以外にも、旅行中の飲み物(僕はたいてい1.5L炭酸水)を買ったり、電車に乗る前に食料を調達したり、となにかと便利。注意点は日曜日に閉まっていること。冗談じゃなく、ほとんどのスーパーが閉まっているので、特に旅行中の飲み物は土曜日のうちに調達する必要がある。ペットボトルにホテルで水道水を汲んでもよいのだけど。

よくあるチェーンはREWE, Kaufland, Edeka, Lidl, Aldiなど。LidlやAldiは安めなイメージ。

パンは、たいていのスーパーではその店で焼いたものを売っている。特に焼きたての時間にあたるとだいぶ美味しくてパン屋より安い。

袋入りの(日本で見るような)パンも売っているが、"zum Fertigbacken"とか"XX Minuten"のように時間が書いてあるものはオーブンで焼いてから食べるものなので注意。

バナナを買って電車で食べたり

ミニトマトを買って電車で食べたりする。

大きいスーパーの有人レジはこんな感じ。カゴから商品を出してコンベヤに載せて、前後の人との間に仕切りを置く。セルフレジも結構あって便利だが、パンの名前を覚えておく(自分で探さないといけない)・野菜や果物の重さを自分で計る・トラブったときに英語が得意とは限らない店員に対応してもらう、といったことが発生しがちなので、不慣れな人は有人レジに行った方が無難。

ドイツの瓶やペットボトルの多くはデポジット式で、スーパーに設置されている機械に返却すると(買った店である必要はない)クーポンをゲットできて、レジに持っていくとデポジット分が返金される。有人レジで現金を受け取ることもできるはずだが、他の買い物と混ぜて割引クーポン的に使うのが楽。

コーヒーマシンを置いている場所もある。路面店ではあまり見ないが、駅のREWE(REWE to goとかREWE Cityみたいに、割高な別ブランドのことも多い)にはコーヒーマシンもありがち。


ファストフード・フードコート

わざわざ検索することはあまりないが、Google mapの「レストラン」ボタンを押したり、Restaurantで検索すると引っかかることがある。ショッピングセンターや大きな駅の構内にはフードコートがあることも多い。

有名なファストフードはDöner(ドゥナー)。パンに挟んであるKebab(ケバブ)、巻いてあるDurum(ドゥルム)、イートインで食べられるプレート料理のDöner Teller(テラー)がメジャーな種類だと思う。全体的に量は多め。

Teller(テラー)。

巻いてあるDurum(ドゥルム)。

こんな感じでフードトラックもあるし、テイクアウト専門の店もあるし、路面店もある。

BerlinでいうとCurry 36など(Curry XXという店が色々あるが、数字の意味とか全体のつながりはよくわからない)、Currywurst(カリーヴルスト)の屋台もよくある。

それからBratwurst(ブラートヴルスト:焼きソーセージ)の屋台もちょこちょこある。ドイツっぽいので悪くはない。


フードコートはこんな感じで、セルフサービス。正直なところ、日本のフードコートのレベルが高くて、それと比べてしまって少し残念な気持ちになることが多い(安くない割にそこまで...)ので、個人的には最近避けがち。しかし便利ではあるので、考えるのがめんどくさければフードコートに逃げ込む手はある。唯一フードコートで楽しかったのは、シリア料理に挑戦したとき。

マクドナルド、Subway、KFC、BurgerKing(なぜかそこら中にある)などなど、よく見るファストフードもいっぱいあるが、あまり使わないのでよくわからない。


ハンバーガーのファストフードでいうと、Burgermeister(バーガーマイスター)は美味しいと思うので推せる。


いくらでも書けそうだが、このくらいで終わりにしよう。楽しい。

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