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6ヶ月ドイツに滞在するときの携帯電話事情:到着後の様子

出国前後に、前の記事に書いた予定通りに携帯電話関連の手続きをした。ここまで3週間くらいに経験したことをまとめておく。

[2024-10-01]追記しました。

出国前

予定通り、出国の数日前にpovoに乗り換えた。本人確認の審査に数時間かかり、夜になると開通の手続きができないので、手続きをした次の日からの利用になった。やはり1週間前を目途にやっておいた方が安心だろう。出国までの日数を乗り切れる最安のプラン(乗り換え記念?で想定していたよりも安く利用できた)を契約して、ドイツでの海外ローミングトッピングも購入した。

到着後

乗り継ぎ地のヘルシンキは海外ローミングプランの対象外だったので、ベルリンの空港に着陸次第、携帯電話の設定でローミングをオンにして、現地のネットワークに接続した。そこからpovoのデータローミングプランの利用時間の計測が始まった。事前に買っておけるのはありがたい。


ポツダムに着いたその日(月曜日)の午後にMediaMarkt(家電量販店)に行き、VodafoneのプリペイドSIMを購入。仕組みがよくわからず、ひとまずレジに持っていって「これが買いたいんだけどaktivieren(アクティベート)しないといけないんですよね?」と言ったら「これを買うんだよね?」と聞かれて、Jaと答えたら普通に会計をされて終了した。ドイツ語が伝わらなかったのか、そういうものなのかはわからない。しばらくうろうろ(ウジウジ)して、考えているふりをしながら誰かが声をかけてくれることを祈ったのだが、何も起こらなった。仕方なく、レジの近くにあったサービスカウンターに行って聞いてみた。すると「売り場のスタッフに聞いてくれ」と言われて、心の中では(あなたも同じ制服着てるじゃん、誰が「売り場のスタッフ」なのかわからないよ)と思ったが、ひとまず売り場に戻って、またうろうろ(ウジウジ)した。仕方がないので通りかかった店員に聞いたら「あそこのお兄さんならわかるかも」と言われて、「かも」ってなんだよと思いつつ、そのお兄さんのところに行った。そして話しかけたらどうやら正解で「自分でやりたい?ここでやる?」と聞かれて、ここでお願いしますと言い、手続きをした。アクティベートというのはおそらく本人確認のことで、パスポート(とビザ?)を見せて、住所を伝えて...みたいな感じだったと思う。10分くらいで手続きは終わり、「データが登録されるのに30分くらいかかるから、少し経ってからSIMカードをいれるように」と言われて解散。


結局SIMカードを挿入したのは数時間後だった。電源を切り、SIMカードをいれて、電源を入れてカードの入れ物(?)に書いてあったPINコードを入力した。さらに多少設定があったかもしれない。とにかくそれで使えるようになったはずではあるが、2日くらいはpovoのローミング契約も残っていたので、Vodafoneのデータ通信を使えていると確信できたのは数日後だったと思う。電話番号に関しては、Whatsappの登録がうまくいったときに機能していることがわかった。

3週間後

そろそろ3週間が経つ。念のため、と思って(自分の理解が正しければ)4週間15GBの契約をしたが、こちらではセキュリティのことは忘れてフリーWiFiを駆使しているので、今のところ1.4GBしか使っていないらしい。もったいない。

日本の電話番号でもドイツの電話番号でもSMSを受信できていて、いまのところ予定通りにうまくいっている。ただしデータ使用量の確認はトリッキーで、まだできていない。おそらく特殊な番号に電話をかけることで確認や容量のチャージをできるのだが、できればインターネット上で確認できる状態にしたい。VodafoneにはMeinVodafoneというマイページがありそこで諸々の確認ができる、というブログ記事を見ていたのでVodafoneを選んだのだが、アカウントをつくっても、携帯電話回線の契約を紐づけることができない。"Mobilfunk Vertrag hinzufügen"から手続きを試みるのだが、"Kunden-Kennwort"(顧客パスワード?)なるものを求められる。またMeinVodafoneというアプリもあるはずだが、Google Play / Apple Storeの地域設定が日本だからなのか、ダウンロードできない。

あらためて調べたら、このブログ記事に手続きが紹介されていて、プリペイド契約の場合にはフォームをメールで送ってパスワードを発行してもらう必要があることがわかった。先ほどメールを送ったので、きっと数日中にどうにかなるだろう。

[メールを送ってから数日経つが、返信がない。もう一度メールしないとダメかな...。]

4週間後

結局メールには1週間返事がなく、もう一度問い合わせたら、翌日に返事が来た。どうやら同じVodafoneの"Callya Allnet Flat"でも販売系統が複数あり、Vodafoneと直接契約していないとMeinVodafoneは使えないらしい。直接契約というのは、おそらくVodafoneの店舗(よく見かけるしPotsdam中央駅にもある)で手続きすることなのだろう。自分の場合は家電量販店のMediaMarktで購入したのだが、これはfreenetという(これまたよく見かける)プロパイダ?のサービスで、freenetのVodafone prepaid SIMのページにある"Mein Konto"からfreenetのアカウントを作成したら、自分の契約情報を見ることができた。

freenetではネット上でデータ使用量の確認や契約プランの変更はできないらしく、*100#(これはVodafoneの回線を使っていればどこで買っても共通の番号だと思う)に電話をかけて手続きする。電話をかけるといっても音声は使わず、電話をかけるとメニュー画面が出てきて数字を入力することで操作していく、という不思議だが便利なインターフェース。9月30日の投稿に書いた残高のチャージも同じシステムを使って行う。ネット上でもチャージできるのだが、銀行口座を登録する以外の支払い方法がなく、この口座が(おそらく)ドイツの銀行以外のものだと書類を送って登録してもらわないといけない。WISEのユーロ口座はこの手の手続きにたいてい使えない。書類を送るのは面倒なので、毎月スーパーで残高を買い足すことにした。

余談

1) 余談だがGoogle Playの地域設定は一度変更すると12ヶ月変更できなくなるらしく、自分のように1年未満の滞在の場合には変更しない方がよさそうだった。それでKauflandというスーパーのポイントカードアプリをあきらめた。

2) 上に紹介したVodafoneのマイページについて書いてあるブログ記事がとてもありがたくて、自力では(Vodafoneのサイトをつたないドイツ語力を頼りにブラウズしても)何が問題なのかすらわからなかった。それに感化されて、自分もメモを公開しておこうと思って、この記事を書いた。

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